カリーナことマクシム・カリニチェンコの翻訳記事など
by JUCHI
maxkalina@excite.co.jp
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Korrespondent紙のインタビュー
しばらく公式ページにつながりませんでした。
公式ページが見れなくなったら情報源がまったくないのでとても困ります(笑)

というわけで最新のインタビュー。
ロシアの「ニューズウィーク」的雑誌。


モスコバイト(「ニューヨーカー」みたいな言い方。モスクワの人という意味)かそうでないか?カリニチェンコは言う「うーん、考えたことがないな。ウクライナの人から見るともうそうなるんだろうね。言葉の意味的に。たしかに僕の周りの物はモスクワ産。アパートにしろ住居登録にしろ。でも自分自身は、パスポート、言葉も考え方もウクライナ製だ。それでもモスクワは自分の故郷同然に思ってる」





- それでは、どうやって本当の故郷と区別しているのですか?
K: 昔の人がよく言うように。故郷っていうのは、自分で払って買った土地のことだって。この表現は家についても同じことが言えるんじゃないかと思う。僕はモスクワにいれてとても幸せだ。色々ごちゃごちゃしすぎて疲れることもあるけれど。地下鉄とかね。あれは別格。でも全体的にこの街は魅力的だ。ウクライナに帰れば、地元の仲のいい旧友とつるんだりするけれど、ほとんど暇な時間も僕はモスクワで過ごすし、やりたいことはここで済ませられる。スパルタクでプレーするということは、ロシアの首都に住むということで、僕にとっては理想の生活でもあるんだ。

- 選手はシーズンが終わると、昨シーズンを分析してどうだったか聞かれますが…
K: 僕は分析はしない。もっとも、試合にそんなに出れなかったしね。W杯まではめったにピッチに立てなかった。だからドイツでは本当にすばらしい気分だった。スパルタクに戻ったら、またベンチ生活。スポーツ紙は選手に対して評価ポイントを毎回出すけれど、僕は交代要員だったからその可算時間さえもなかったんだ。それがだいたい去年起こったことかな。

- ドイツではベストプレーヤーの一人、スパルタクではチャンピョンズリーグで2得点の活躍でした。
K: そうだね、だから想像して欲しいのが、それが唯一試合に出た記憶と事実で、それで一年が終わってしまった。もちろんW杯で戦うのはとてもいい経験だった。一番せ奮い立ったのが、赤と白、黄色と水色の観衆に囲まれていたこと。(対スイス戦のこと?)あれば本当にぞくぞくした。何千ものウクライナの人が応援に駆けつけてくれたんだ。僕は今までほとんど代表でもプレー経験がなかったから、そのセンセーションは全くくの初体験だった。それに、スパルタクから代表に選ばれてW杯に行ったのは僕と、チェコ代表のイラーネクと、コヴァーチュしかいなかったから…言葉では言い表せないよ。それがどれだけ嬉しかったかっていうのは。胸の中で大きく、そして大事な何かを感じることができた。もちろん、スパルタクのファンはいつものように特別だったけど、ロシアから遠いドイツではそれがとても強く思えて。本当にサポートをしてくれたファンには感謝している。

- ウクライナの英雄、シェフチェンコとはどうやって接したのですか?
K: とっても普通に。ただ時間が限られていたし、親しくなるまでにはいかなかった。たいてい練習場やピッチでの交流になったかな。

- 彼はみんなと同じテーブルにつかなかったっていうは本当ですか?
K: とんでもない。W杯が終わったあとにみんなでワインを飲んで乾杯したよ。ウクライナはベスト8にまで残ったんだし、これ以上にいいお祝いがそうそうあると思う?


http://www.korrespondent.net/main/176917/
(リンク流れちゃったみたいです)
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by maxkalina | 2007-02-06 14:49
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